創業八十年

今回は
料理・仕出し 杉乃栄の創業当初の
お話しです。

初代、下村利雄は明治44年11月長岡市黒津の生まれ
7人兄弟であり、長岡高校に進み入学当初、
学年順位16番の成績を残すも
学費が足りず、中退を余儀なくされ
長岡市内の料亭で見習いとして住み込みで働くことになる。

見習い期間を終え、新町五丁目(現在の新町3丁目)に家を借り
利雄の出身地が黒津だったため黒津屋という屋号で魚屋を始める。

時に24歳独身であった。

ほどなく、中之島より、鈴木タケを
嫁に迎え四人の子に恵まれるも
太平洋戦争が始まり、召集令状が届く

海軍であり、マニラなどを転戦後
新潟港から出航の船に呼びだされる

搭乗先は、九州から出撃の戦艦大和

新潟港から九州に向かう途中の
金沢沖にさしかかった頃に
どいういう訳か

「引き返せ」との
信号を受ける。

長岡に残った妻タケと幼い子供達は
長岡空襲で家を焼かれ、

戦艦大和はアメリカの攻撃を受け
多くの犠牲者を出し海に沈む。

戦争について多くを語らなかった利雄だが
晩年、
「大和に乗っていたら命はなかっただろう」と語っている。
一家の大黒柱であり、店主である利雄がいなければ
商売はできず、今の「杉乃栄」は無かった。

波乱万丈の時を超え

黒津屋、下村魚屋、杉乃栄と屋号を変え
来月11月から来年11月にかけて八十周年にあたる。

私も昨年からお弁当の店頭販売を始めたが
実は、構想や準備で何か月もかかっている。
「本当にお客様が来るのだろうか」と
夜中に目を覚ます事もあった。
おそらく利雄も同じような思いで商売を始めたと思う

一番最初のお客様のありがたさ
日々、受けているご注文の大切さ
今まで杉乃栄に携わったすべての方々に感謝しつつ
創業八十年を迎え
お客様に尽くして行きたい。